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子宮体癌術後日記  **ぴょんぴょんがキャンサー・サバイバーになるまで**

親しい人とのお別れ、新たな病気の発覚、癌再発??etc。いろいろあった子宮体癌術後5年間の全記録です。

梅雨明け

関東は今日、梅雨明けだって。
今年は雨が降らなかったから、水不足が心配だわ。
もし給水制限になったら、ポリタンク持って給水車まで水をもらいに行き、その後、マンションの階段をえっちらおっちら5階まで上がることになる。
だれが?

今のぴょんぴょんには、無理ですっ。
介護保険って、適応されないのかなぁ…。
  1. 2001/07/11(水) 23:30:00|
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うるちゃいぃぃぃ!

今日は、少し(かなり、かも…)機嫌が悪い。
なぜかと言うと、母の命日がらみで、親戚から電話がかかってきたから。
その内容が、どうもぴょんぴょんのカンに触りました。

親「今日は、あなたのお母さんの命日だから、お墓参りに行って来たわ」

ぴ「どうもありがとう」

親「お墓には、枯れた花が供えてあったわ。お彼岸の時の花かしら?」

ぴ「さぁ?」

考え過ぎなのかもしれないけど、「あなたは今日、なんで墓参りに行かなかったの?」と詰問されているようで、ムッカ~。
母親の墓参りしてくれたのはありがたいけど、わざわざ逐一、ああでこうでって、こっちに報告しなくたっていいじゃん。子供の使いじゃあるまいし。
本当の大人だったら、もうちょっとスマートに行動して欲しいな。

バカ親父の残した膨大な借金返済に今でも頭が痛くて、仕事もしなくちゃならないし、体調もいまいちだし、何より、うちからお墓までは近くない。
はっきり言って、今は、亡くなった人の面倒までは手が回らないよ。
自分の入るお墓の心配した方がいいような状態だもん。
がんの治りかけなんだも~ん。無理する気はゼンゼンありません。

それでも、春秋のお彼岸の時だけは、無理してでも行ってる。
お寺にも、ぴょんぴょんにできるそれ相当のことをしている。
これ以上は、な~んもできません。
ということを、何度も言葉を尽くして説明してるんだけど、わかんない人にはわかんないのよね。
今に始まったことじゃないけどさ。

法事をやれとか言うな!
言うんなら、お金出してくれぃ。
お寺、会食、お土産の手配も全部してくれぃ。
何もしないで、言いたいことだけ言うな。
もぉぉ、うるさいなぁ。

病気に勝って復活しろとか、簡単に言わないでよね。
復活して欲しかったら、少しゆっくり心身ともに静養させろぉぉぉ!
外野が、わーわーぶーぶー言って来なければ、ぴょんぴょんも少しは気が安らぐんだけどね。
本当に治って欲しいと思ってるんだかどうか、疑問。
10年くらい、そっとしておいてくれたら、間違いなく復活できると思う。
  1. 2001/07/13(金) 23:30:00|
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チャットルーム

寝違えたらしく、首が痛い。

なぎさ病院で同じ時期に入院・手術して、病名も同じだったことからとても仲良くしてもらったお姉さんの家に、久しぶりに電話した。
私が実生活上で知っている体がん患者は、お姉さんだけだ。

お姉さん、一人暮らしなんだけど…。
受話器からは、「この電話は現在使われておりません」というアナウンスが流れるだけ。
お姉さんは、なぎさ病院で余命告知を受け、どうしてもあきらめ切れずに転院して治療してたんだけど、2ヶ月ぐらい前に電話した時は、元気そうな声だった。
引っ越したから電話が通じないんだと思いたい。
反対に、何があっても事実を事実として粛々と受け止めなければならないな、と覚悟しつつある自分がいる。

昨日と今日、久しぶりにチャットルームを開いた。
なかなか盛況。
病気に関して、有意義な情報交換ができたと思う。
  1. 2001/07/14(土) 23:30:00|
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単独クルージング

昨日、お姉さんの知り合い(恋人と言うべきかな)の留守電に「引っ越し先の電話番号を教えていただきたい」とメッセージを入れておいたら、今日、彼が電話をくれた。

お姉さんは逝ってしまったんだって。
そっかぁ…。

ネットで知り合った体がん患者さんたちはいるけど、病院で枕を並べて、同じご飯食べて、一緒に生活したお姉さんは、やっぱり別格の身近な存在だった。
主治医とか、病院の話もツーカーだったしね。
実生活上の闘病(この言葉、好きじゃないんだけど、今はいい言葉が浮かばない)に関して、これからは、ぴょんぴょんの単独クルージングになる。

病院で一緒に過ごした日々の合間、お姉さんは、彼に対する感謝の気持ちとか、なぜ自分は余命告知されても出来る限りの治療を受けたいと思っているのかとか、もし手段がなくなったら最後はこうしたいというようなことをぽつりぽつりと口にしていた。

そんな話を彼にしたら、彼の気持ちが少しは安らぐかなとも考えたのだけれど、反対に悲しみを倍増させてしまうようにも思え、言えなかった。
お姉さんの希望の中には叶わなかったものもあったから、それを知ったら、彼は辛いだろう。
もしかしたら、叶えてあげられなかったということをもう知っていて、彼は自分を責めているかもしれないし…。

患者家族も含め、患者本人以外の人々の言動の中に、ぴょんぴょんをいらだたせるひとことがある。
それは、「子宮がんは絶対治るんでしょ?」とか「子宮がんで死ぬの?」という言葉。

子宮がんは、早期発見して治療すれば100%に近い高い確率で治ると思う。
でも進行すれば、残念ながら死んでしまうことだってある。がんだからね。
多くの患者は、それを知っているからびびる。
でも、子宮がんを「がん」と受け取らない一般の人って、けっこう多いみたい。

子宮がんは、子宮内膜症とも、子宮筋腫とも違うんだよ。
あくまでも、悪性の腫瘍です。
「絶対治る」なんて、きれいごとは言えない。
必要以上に恐れることはないけど、なめてもアカン。
  1. 2001/07/15(日) 23:30:00|
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読書感想文

ここのところ、たてつづけに2冊の本を読んだ。

神戸の酒鬼薔薇事件犯人の両親が書いた「少年A この子を生んで…」(文春文庫)は、読んで腹立った。
反省しているようでいて、その後にすぐ「でも、なになに」と言い訳が入る。
1999年に書かれたものらしいけど、今でも同じ考えだとしたら、とんでもないことだ。
印税は、すべて被害者のために使われるとのことだったので、まぁ溜飲が下がったけど、なんだかな~。
酒鬼薔薇少年には弟が二人いる。
何も落ち度がない、でも、凶悪犯を兄に持ってしまった弟さんたちの将来だけは案じられてならない。
ろくでなしバカ親父を持ったぴょんぴょんも通ってきた道だけど、世間の目は、なかなか厳しいっす。
「あの人の身内だから、やっぱりとんでもない人なんだろうな」という先入観で見る人が多いから、払拭するのはまぁそこそこ大変です。

もう1冊は、ヨットレース中に船が転覆して、救命いかだで1カ月近く漂流した人が書いた「たった一人の生還」(新潮文庫)。
漂流当初に食料も水も海に落としてしまい、食べるものはほとんどなく、自分の尿を飲むという極限状態の中、一緒にいた仲間が次々と亡くなって行く。
当時、救出直後の筆者をニュース映像で見たけれど、何も話さなくてもどんなに凄絶な思いをしてきたかがわかる顔付きをしていた。
ガリガリに痩せて、でも目だけはギラギラと光り、正直言って怖かった。
彼はたった一人の生還者として、漂流仲間の遺族との関わりとか、社会生活とかのいろいろな面で重い十字架を背負っている。
今頃、どうしているのかなぁと思う。
この本は、病気になる前に読んで「すごいな」と思っていたのだけど、入院中、思い出すことが多かった。
漂流、生と死、夜がいやだったこと、生還などなど、入院生活と相通じるものがあるのかもしれない。

今でも、病気の仲間が亡くなったり、状態の良くない患者さんから「ぴょんぴょんはいいわよね。がんだけど、私みたいに具合悪くないもんね(だから、甘えさせて。ぴょんぴょんなら、私の気持ちわかるでしょ?というニュアンス)」と寄りかかられ、怒ることもできず、重たいなぁと感じると、この本に手が伸びるかな。
  1. 2001/08/08(水) 23:30:00|
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