子宮体癌術後日記  **ぴょんぴょんがキャンサー・サバイバーになるまで**

親しい人とのお別れ、新たな病気の発覚、癌再発??etc。いろいろあった子宮体癌術後5年間の全記録です。

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いやはや。

ここのとこ、食事後必ず、軽い腹痛が2時間ほどするんだな。
さらに、数日前から風邪を引いたらしく、くしゃみと喉の痛みが取れないんだな。
ついでに今朝起きたら、しっかり寝違えていて、右の首筋が痛いんだな。
最後の駄目押しとして、鼠蹊部にごりごりが出現したんだな。

退院したばかりの頃は、こんな症状が重なったら「今日はもうダメー」ってぐったり気分だったんだけど、私もがん患者をかれこれ3年やってるので、どういう時に病院へ行くべきか、どういう状態までは行ってもしょうがないかが分かって、この程度のことではびっくりしなくなって来ました。

お彼岸に墓参りできなかったので、明日は行く予定。
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  1. 2003/04/04(金) 23:30:00|
  2. がん患者として思うこと|
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……

お墓参りに行こうと思っていたのだけれど、大雨&大風。
天気が悪すぎるので明日行くことにした。
桜は散ってしまうかしら。

寝違えた首筋が痛い。
私は交通事故に3回遭い、そのうち1回は記憶喪失もどきになるまで頭を強打して、むちうちもやっている。
寝違えたのではなくてこの天気のせいで痛いのかな?

  1. 2003/04/05(土) 23:30:00|
  2. 体調|
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墓参り

お彼岸に行けなかったので、私の実家と夫の家の墓参りに行った。
毎回のことながら、都内縦断の2つ掛け持ち墓参りは疲れるのだけれど、車から見た東京は桜が満開だった。

私の実家のお墓にはもう入る人はいないので、早く永代供養して、来なくても済むようにしてしまいたい。
身体がきついし、バカ親父が入っている墓にお参りすると考えただけでもムカムカするぅ。
とは言え、永代供養するにも何百万かかかるので、すぐにはできないのよねぇ。
親父の残した借金だけでも頭が痛いのに、さらにお金なのか…。
まったくなぁ。

夫の実家に寄って義父と合流し、姑の墓参り。
お母さんが亡くなってもうすぐ1年になる。
今月の末には1周忌法要だ。早いなぁ。
お母さんには本当に良くしてもらった。
保険に入っていなかったりして最後にちょっと困らせられたけど、それもすっかりかたがついて、今は懐かしくいい思い出しか残っていない。
人間はいずれ誰でも死ぬけれど、死んでからも「あのバカたれは」と言われたり、「やっと死んだ」って思われるような生き方・死に方はしたくないなぁとつくづく思う。

お墓参りの後、夫、義父、私の三人でお昼を食べた。
そんなにたくさんは食べなかったのに、食後、腹痛が…。
その後、夫と食料品の買い出しに行ったのだけれど、お腹が痛くて食べる物を見るのも嫌。
食べるとどうしてこうなる?

くたびれちゃって、帰宅後はすぐにお昼寝してしまい、起きたら夫が夕食を作っていた。
食欲ないし、お腹が痛いのは腸閉塞の一歩手前なのではないかとも思い、今晩は私は食事抜き。
お願いだから詰まらないでくださいな。

そんなこんなでたぶん、明日から2~3日は半病人モード決定。
  1. 2003/04/06(日) 23:30:00|
  2. 嫁業・娘業|
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夕暮れの道で

お金がない。

って言うか、銀行に行けばあるのだけれど、体調と相談していたらなかなか出かけられず、気が付いたら我が家の財布には小銭を含めて1000円くらいしか入っていない。
これでは出前も取れないじゃん!

ということで、夕方になってから近くの信用金庫へお金をおろしに行った。
その帰りにスーパーへ行き、ちょっとお買い物。
店から出てきた時には、春の夕暮れの時間になっていた。
お惣菜を買い込んだ袋を下げて人気のない裏道をぷらぷら歩いていたら、どこからか猫の鳴き声か子供の泣き声がする。
泣き声はだんだん近くなり、「ママー…」という言葉になった。
ランドセルを背負った小さい女の子が、半べそをかきながら向こうから歩いて来る。
どう見ても小学校低学年。
ランドセルの新しさから想像するにたぶん1年生。
時間は午後6時。
なんでこんな時間にこんなところにいる?
この時世、嫌な想像が頭をよぎる。

いじめ?
痴漢?
通り魔?

そばに行って「どうしたの?」と聞くと、ほっとしたような表情で「家に帰る道がわからない」と言う。
学校が終わってから「ガクドー」に行って、そこから帰る途中、道がわからなくなったのだそうだ。
子供のいない私には「ガクドー」が何なのかピンとこなかったのだけれど、学童保育のことではないかなと思いあたった。

その子の言う自宅住所は私にはわからない。
でも近くに交番があるので、「とにかく交番に行って地図を見よう。絶対にお家に帰れるから大丈夫。心配しないで」と言うと、素直についてきた。

ものの20mも一緒に歩かないうち、その子は周囲を見ると、「あ、ここには見覚えがある!」といきなり駆け出した。
荷物を持っていてしかも運動不足&脚が痛い私には追いかけられない早さだ。
みるみる遠ざかっていく小さな背中に「ねぇ、ほんとにわかったの? 大丈夫?」と叫ぶと、「うん!」という返事が遠くから返ってきて、あっと言う間に女の子の後姿は春の夕暮れの薄墨色の中に見えなくなった。

あの子は無事に家へ着いただろうか。

銀行に行って、帰りにスーパーへ寄っただけなのに、帰宅後は足がかったるい。
ごく軽くではあるのだけれど、太ももが熱を持った感じ。
これって…。

運動不足と思うことにします。
たぶん、そうだろうし。
  1. 2003/04/16(水) 23:30:00|
  2. 閑話|
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コマネチ

昨日出掛けたので、今日は筋肉痛です。
ちょっと歩いただけなんだけど…。
ビートたけしが「コマネチ!」ってやる、あの三角ラインの内側がどうも腫れっぽい。
見えないから、まぁいいか。
押してもへこんだままにはならないので、むくんでいるわけではなさそう。

気にしてもしょうがないし、かと言って無理してもしょうがないので、家事全般は大威張りでさぼることに決定。

  1. 2003/04/17(木) 23:30:00|
  2. リンパの停滞・腫れ|
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一周忌法要

今日は、去年の5月に亡くなった義母の一周忌法要。
お寺でお経を上げてもらった後、近くの料理屋に移動して親族で会食した。
義母がいなくなった当初は、すべて義母任せにして生きてきた義父がこれからどうするのか本当に心配だっだ。
義父自身途方に暮れていたようだったし、がっくりした様子がありありと見て取れた。

義父は自暴自棄になりかけ、飼っていたペットの犬の面倒をみるのもいやになったらしく「保健所に連れて行く」と言い出し、「お父さん、保健所に連れて行くのはいつでもできます。でも、一度連れて行ったら、安楽死させてしまったらもう生き返らないんですよ。今はそう思っても、後々悔やむかもしれない。もう少し気持ちが落ち着いてから、それでも飼えないと思うならその時に連れて行きましょう」と、慌てて止めたこともあったっけ。
その犬は、今では義父のいい散歩相手になっている。

今月は、私の術後3年にもあたる月だ。
麻酔という医療手技が確立していなかったら手術なんてできなかったわけで、もしも私が数十年前、百年前にがんになっていたら、今ごろはお墓の中に入っていたんだろうな…。
  1. 2003/04/20(日) 23:30:00|
  2. 嫁業・娘業|
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やっぱりノビてしまい…

義母の一周忌法要を終えたらやっぱり疲れが出たのかノビてしまい、毎日ぐーたら過ごしている。
ここで焦ったり、無理に無理を重ねてハッスルしてもなにもいいことはないと思われるので、当分ぐーたらします。

最近、私はある意味での「余生」を過ごしているのだと思うようになった。
もちろん、これから叶えたい夢もあるし、社会生活を営んでいく上でやらなくちゃならないこともあるけど、「余生」なので、自分の心地良さを最優先にしたいかな。

  1. 2003/04/23(水) 23:30:00|
  2. がん患者として思うこと|
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