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子宮体癌術後日記  **ぴょんぴょんがキャンサー・サバイバーになるまで**

親しい人とのお別れ、新たな病気の発覚、癌再発??etc。いろいろあった子宮体癌術後5年間の全記録です。

時の変遷

昔の女優は、汗をかかないことが条件の一つだったらしい。
理由は、銀幕の華がだらだらと汗かいてたら興ざめするし、見苦しいし…ってとこらへんだと思う。

昔の歌手は、歌っている途中で泣いても、涙が頬を伝わっちゃ、まずかったらしい。下まぶたに溜まるのはOK。
ボロボロ泣くと、化粧が崩れるからねぇ。

スターだって人間なのだから、暑ければ汗かくだろうし、ご飯も食べるだろうし、泣きもするでしょうって思うんだけど、生活感が漂うことはスターらしくないってことで、かなりの苦行を強いられていたみたい。
でも、その努力が報われるともう女神様扱いで、ある大女優はその美しさもあいまって「○○はトイレに行かない」とまで言われていた。

蛇足だけれど、私の叔父がゴルフに行って、レストハウスでたまたま○○さんと一緒になったそうだ。
彼女が「ちょっと失礼」と言って化粧室に入って行くのを見て「えええ!」と思ったと言っていた。
○○女神説を信じてる人もいるんだよね。

今日、テレビCMで、癒し系のタレントが顔中汗だらけにしながらカレーうどんを食べてるのを見た。
霧吹きで顔にしゅぱしゅぱ水をかけて、汗をかいているように見せているだけだろうけど、昔の「女優とはこうあるべき」という姿とはえらい違いだ。
今の芸能人も、一般人よりはいろいろと大変だろうけれど、昔より良くなった面はあるんだろうな。
もちろん、昔の方が良かった面もあるだろうけれど。

昔、がんはまさに死病だった。
早期発見もできなかったし、仮に発見できたとしても根治治療するすべはなかった。
進行して痛みが出てきたら、気休めの煎じ薬などを飲んで、ただ耐えていたのだろう。
七転八倒して苦しみ死した人だって多いと思う。痛ましいことだ。

日本の子宮がん検診の歴史はたかだか30年くらいのものなんだそうだ。
それを聞いて「ええ、そんな最近までなかったの?」とぴっくり。
それでも世界水準から見ると精度は高く、類を見ないほどの成果が上がっているんだって。

手術や疼痛治療には不可欠な麻酔薬が進歩してきたのは、いつ頃からだろうか。

華岡青洲が全身麻酔の薬を研究し始めたのが1785年。
20年近い年月をかけて完成した麻酔薬「通仙散」を使い、世界で初めての全身麻酔による乳がんの摘出手術に成功したのが1804年。

シーボルトがオランダ商館医として来日したのが1823年。

エーテルの全身麻酔は1842年にロングが初めてやったとか、1846年のモートンが初めてだとか…。

キュリー夫妻がラジウムを発見したのは1898年。

すべて、200年前よりこっちの話なのだ。

さらに、「麻酔薬できました」「放射能見つかりました」からと言って、それがすぐ治療に活かされるわけではない。

現在に至るまでは、麻酔薬の量がわからなくて多過ぎで亡くなったり、少なすぎて痛みのあまりショック死したり、放射能の種類や許容量がわからなくて亡くなったりという試行錯誤の時代があったはず。
放射能の研究に貢献したキュリー夫人の死因は、放射線障害による骨髄性白血病だと聞いた。

がんなどの大きな病気にかかると、いくらでも不幸な気持ちになれるし、その気になれば鬱々と一生泣いて暮らせるとも思う。

けれど、試行錯誤の時代に「これはダメじゃ~、やり方違う~」と命を失うことによって示してくれた昔の患者さんたちに感謝しながら、私たちに与えられたチャンスを活かすことだってできる。

どっちを選ぶかは、まさに「あなた次第」。

めげそうな患者さん。
自分がどのくらい不幸かとか、どのくらい大変かということを考えるだけでなく、現代に生まれて自分がどのくらいラッキーだったかというほうにも、ぜひ一度は目を向けて欲しいと思う。

前向きに♪
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  1. 2003/06/27(金) 23:30:00|
  2. がん患者として思うこと|
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