FC2ブログ

子宮体癌術後日記  **ぴょんぴょんがキャンサー・サバイバーになるまで**

親しい人とのお別れ、新たな病気の発覚、癌再発??etc。いろいろあった子宮体癌術後5年間の全記録です。

病院のはしご

義母が危ないということで、中国にいる夫と連絡を取り、急遽帰国してもらうことになった。
中国からの出国に際し、いろいろな手続きがあって、日本に着くのは今日の夜になっちゃうんだって。

午後、叔母の病院へ行き、お見舞い。
叔母はかなり回復して、「わけがわかる」状態になっていた。
話せるし、歩ける。食事もできる。
今回の叔母の病気は、20年ほど前にやったクモ膜下出血の後遺症らしい。

オペはしなくて済みそうというか、もう70歳近いので、オペにも危険が伴うから、けいれんなどの症状が薬で抑えられるのなら、オペしないで行きましょうということになったらしい。
叔父を廊下に呼び出して、「姑がこれこれこういう状態なので、こっちにはしばらく来られないと思う。申し訳ないけど、後はよろしく」と言ったら、たぶん私のことを心配したのだろう。
泣かれた。

叔母の病院から、姑の病院へ。
もう足が痛いよ~。

姑は、救命救急のICUに入っているので、面会時間と面会人数に制限がある。
面会は、12時と6時の1日2回、各30分程度。1回に2名まで。
ぴょんぴょんは、夕方の6時の面会で会わせてもらった。

自発呼吸がないので、人工呼吸器のお世話になっている。
薬もバシバシ使っているので、顔色は良く、手足も温かいのだけれど、彼女の脳幹は修復不可能な状態になっているらしい。
呼びかければ「は~い」と応えそうな寝顔だけれど、彼女に、話したり、食べたり、物事を理解したりと言った「人間」としての機能が戻ったら「奇跡」という言葉で表されるのだろう。

夫は夜、成田に着くので、今日の面会には間に合わなかった。
次の面会は明日の12時だ。それまで、もつのかなぁ。

姑の病院から夫の実家へ行き、夫と待ち合わせ。
舅は不安で不安で仕方ない様子で、さらに、今までご飯を炊いたことすらないという。
これから先のことが思いやられる。

舅も姑も戦争経験者で、ものを大切にする。
また、70歳を過ぎ、身体が思うように動かなかったのだろう、家の中はものすごいことになっていた。

わたくしのバカ親父が死んだ時、家の中へ入ってびっくり仰天したけど、今回も同じような感じ。
もしかしたら葬式を出すことになるかもしれないので、とにかく少し片付けましょう、捨てまくりましょ~ということになった。

だれがやるの?
ぴょんぴょん、みたい…。

今日は、急遽、夫の実家泊。
スポンサーサイト



  1. 2002/05/08(水) 23:30:00|
  2. 嫁業・娘業|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)